「オルフェウスの窓」を最初に読んだのは、ヒロインのユリウスと同じ15歳で、コミック版が4巻まで出たときでした。
ユリウスに感情移入し、本気で私もクラウスことアレクセイ・ミハイロフに惚れたものです。
やんちゃで明るくて、ちょっと不良っぽいけど男気があって優しい男。
不条理な権力体制に対する反抗心から、ロシア革命に身を委ねた男。
革命の勇敢な闘士の自分と、生涯無二の「わが不滅の恋人」への情熱的な愛の狭間で悩み揺れる姿は、それまで少女漫画の男性キャラにはかっこいいと思っても決して夢中になる事のなかった私の心を激しく捉えました。
少女漫画の男性キャラは、たいてい女の中の理想の産物です。
少年漫画の女性キャラがそうであるように。
そんな中、クラウス=アレクセイは私にとっては梶原一騎の少年漫画に出てくるような、いわば矢吹丈や花形満のような男の血潮をたぎらせた男だったのです。
イザークも人間として好きだったけど、あの優しいがゆえの優柔不断と人がいい故の鈍感さは女を不幸にするかな?なんて男としては萌えられなかったけど、親友ないし家族としては素晴らしいし、あの悩める人生が、彼の音楽に深みを与えていくという点で、とても応援したい男でした。
ユリウスは―――まさに生身の女。
あの純粋さも愚かさも、痛すぎるほど胸に染みてきます。
とにかくそのすべてがひたすら可愛いのです。
この4部に渡る大河ドラマは、実は連載中はもともと少女雑誌やティーン雑誌を買う習慣のなかった私は、あまりにユリウスとクラウスがすれ違って、とうとう革命と恋の狭間で苦しむクラウスの心が理解できず、愛するあまり記憶喪失になってユスーポフ候(ひそかにユリウスに恋心を抱いてる皇帝派)の家に軟禁(ユリウスが実はロシア皇室の隠し財産の鍵を預かるアーレンスマイヤ家の当主でその秘密を監視するため)あたりから、セブンティーンを毎月立ち読みするのをやめ、本として発売されるのを待つ事にしました。
ユスーポフ候は少女漫画のキャラとしては結構魅力的でしかも革命派のアレクセイに匹敵する皇帝派の魅力的な対抗馬として物語を盛り上げるのには最高の人物でしたが、私の中では決してアレクセイと並ぶ事はなかったので、焦らされるのが嫌で待つ事にしたのです。
その後、ユリウスとアレクセイはめぐり合って結婚したものの、あまりにも悲惨な死を遂げたと同じくアレクセイにはまっていたと言う同級生に聞いて自分の持っている一部のみで私の記憶を封印しようと決めてしまった・・・・・
で、愛蔵版が発刊されてそのすべての封印をといたのが30歳になる直前。
つまりアレクセイとユリウスが再びめぐり合って夫婦として愛し合う、その年齢に達した時にすべてを読みました。
ユリウスは、ドイツの時代に犯してしまった正当防衛とも言える殺人の罪意識から、決して過去の記憶を取り戻さないものの再びアレクセイに会ったときから昔と変わらぬ強い恋をしてしまったのです。
アレクセイはアレクセイで、革命に命をかけながら、恋の部分では一瞬たりともユリウスを忘れる事がなく愛し続けていた。
ユリウスだって、ユスーポフ候に一度キスされてしまったとき、その腕の奥に遠き記憶のアレクセイを感じていたわけなので、恋の点ではユスーポフ候はアレクセイに惨敗だったのでした。
作者によれば、ユスーポフ候はそもそも絶対ホモに違いないって事でしたが・・・
確かに、人間にも溢れ、自分の強さも弱さもしっかりと受け止めて生きる血の通ったアレクセイに対して、レオニード・ユスーポフは私にとっては最後まで仮面をかぶり続けた存在でした。
30歳にして読んだこの大いなるドラマは、その時の私にはすべて受け止められたように思います。
最後の死はあまりにも無残でしたが、その後のロシア革命の行く末を思えば、あそこで恋と革命に純粋に生きて死ねたアレクセイは幸せだったかもと思うのです。
ロシア革命は、10年で終わった。
後に残ったものは他者を認めぬほどの粛清的民族主義とスターリニズム。
ペレストロイカに寄って、再びロシアはアレクセイが生きた激動のロシアに戻った。
どろどろの権力闘争の中で本当に正しいのは何なのか追い求めて死んでいったアレクセイ。
真の共産主義とは、一部のインテリゲンチャにしかその深い意味は受け止められないものなのかも。
民衆の持つときとして醜いまでの欲望と残酷さと愚かさは、アレクセイの実家を襲って家族を皆殺しにした部分にも良く現れてる。
レーニン死後、スターリンとたもとを分かち亡命したトロッキー。
共産主義なんて資本主義の最終形態にようやく生まれてくるユートピアに過ぎないのかも・・と思います。
資本主義さえなく、20世紀になるまで農奴だったロシアの民衆が市民革命を起こすのは早すぎたのかも。
けれどスターリニズムが崩壊した今こそ、あの時の革命家の本当の思いが何であったか原点に戻ってみる必要があるのではないかと思った事でした。
ベルばらばかりがメディアに取り上げられるけれどあちらはフランス革命の醜い部分はあまり描かれていません。
このオルフェウスの窓では、ロシア革命がいまだに抱え込んでいる暗黒の部分を描いていると思います。
本当は外国人俳優による映画で見たい作品ですが、細かい部分が省略されたり筋が変えられたら嫌かな。
ここは完全に原作に忠実に、アニメで描いてほしいかも。
2部と3部は同時間軸ですから、それは一緒に平行させて描いてほしいです。
過去何回かこの愛蔵版の本を取り出しては何度か読んでいるのですが、読めば読むほど深い作品です。


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