風のよる

第2章

それは、きみょうな植物だった。
いびつなかたちの果実。
しかしその花は心とろかすばかりにあまくうつくしい香を放っていた。
そのおおきなはなびらのうえに、その花の精がちょこんとのっていた。
なんともやさしいとろけるような笑顔は、その香のように甘かった。
果肉質の茎と葉をもつその花の内部は、ゼリー状の外壁で覆われていた。
ふたりは花の精に導かれるまま奥の部屋へとはいりこみ、休んだ。
ブロンもノワールも、前の旅ですこし疲れていたのですぐに眠ってしまった。
甘くうつくしい夢を見た。
その夢のなかでふたりはそれぞれオブラート状の袋につつまれ、やはりここでも眠っていた。
目が覚めると、花の精が飲み物を運んできて呉れた。どろっとしたゼリー状の飲み物で、ひどく美味しかった。
飲みおえると再び眠りにおちた。
いったいどうなってしまったのか。ブロンにもノワールにもわからなかった。そのあともずうっとちょっと目を覚ましては眠りたがった。この眠りたい病は或いは、この植物に出逢ったときからはじまっていた。
ふたりはむさぼるようなこの眠りを、こんこんと眠りつづけた。
さいごに目を覚ました時には、もうすっかりこの花のゼリー状のはなびらに身体全体がつつまれていたのだった。

いったい何故こうなってしまったのか。
花の香に酔ったふたりには選択の余地がなかったとさえ思われた。ゼリー状の液体の中にふたりは居た。
「ブロン・・・何処だ?」
「ノワール・・・」
ようやくふたりはお互いを見つけた。
お互いに手をのばしあってようやく触れ合えた。
どろっとしたこの花の内部からどう抜け出そうか。
けれどこの液体のなんと美味しいことか。接吻の味・・・?
ブロンは恥じらうようにしてうつむいた。
その姿を限りなくいとしく思うノワールが頬をとり、上向かせた。
恥じらいながらも、挑戦的なきりっとした目を向けるブロンに、ノワールはむさぼるようにくちづけた。
唇はやはり甘かった。
むさぼるような夢のつづきがここにはあった。
美味しい・・・ノワールにくちづけられながら、ブロンもそう思っているようだった。
もっと・・・もっと食べられたいとさえ思えた。そうしてお互いの一部となりもう一度そこから生まれでるよろこびをよろこびたかった。
食べたり眠ったり・・・こうした行為なしでは人は生きていけない。生きることで消耗するなにものかをこうしたことで補っていくのだろうか。
結びあわなくともよい。結果判りあえず苦しんでもよい。
お互いを求めるということ。男でも女でも、よい。それが食べることと変わらない行為で有り得るということ。
それがひとりふたりでない、不特定多数の相手に恋し恋されるということも有り得るということ。
そのことをもしかしたら人にみられるのは恥ずかしいものだ。
そうすれば、食べること。そのことさえ本当はみられて恥ずかしさを禁じ得ないことなのだろうか。
それともそうしたことが食べることとおなじくらいにあたりまえのことでも有り得るということだろうか。
やがてふたりは充分に満たされた。ゼリーのなかでお互いに溶けあったままふたたび深く眠った。
やがてぱっと白い光が差し込んだ。
ふたりはもとの植物のまえにいた。
ノワールがひとつとってブロンの口に含ませ、自分もひとつとって食べた。
その花の奇妙な果実。みょうになまなましいその色は柘榴の赤だった。中身はどろっとしたゼリー状だった。
甘酸っぱく次々にたべたくなる味だった。
手にとるたび味わいが微妙に違った。
ふたりはその果実や花からつくった紅いリキュールを飲んだ。
ひとくちでさあっとまわる酔いだった。
そこにはあの夢のつづきが秘められていた。
「恥ずかしがらずに、ちょっとは我が思いに身を任せて乱れてみるのもいいものよ。いままで見えなかったものまで見えてくるから。」
花の精がいつか立っており、ほほえんだのだった。

永遠につづく・・・

第3章



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