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風のよる

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第8章

石と化したブロン。
ブロンは今、覚めない夢の中に居た。
まったりとした空間の中を独りさまようブロンを抱き取った滑らかな手があった。 そのひとのやわらかな胸のふくらみに、ブロンは身を埋めていた。
それは、あの妖精の女王だった。

夢見るように、ブロンは女王の顔を見つめた。
女王は 無言でブロンを見つめながら微笑んだ。
ブロンはためらい、はにかみながらもそのひとの紅い唇にくちづける。
再びあまい香が薫り、ブロンを包んだ。
胸がキュンとなりしめつけれられるのを感じながら、ブロンは女王の胸に顔を埋めた。
女王はその髪を撫でると、共にしずかに身を横たえた。
そして溢れるばかりの乳をブロンに含ませた。
その出口のない甘く深まる夢の中に、ブロンは全身を委ねていた。

ブロンはいつか星空の中に居た。

ブロンはあたりを見渡した。
独りだった。
ここはもしかしたら女王の内奥なのかも知れない。
その甘く切ない思いにブロンは捕らわれた。
それは、歓喜だった。
が、同時にどこまでも吸いこまれていくようなその星空に、独りになってしまった不安を思わず感じていた。
ノワールもシェンもいない。
そこは、未知の世界だった。
その時、フフッとちいさい笑い声がきこえた。
「誰だ?」
それはちいさい星の精であったろうか。
彼女は何も身につけてはいなかった。
彼女はブロンのてのひらの上にちょこんととびのると笑った。
「あたしはいつも独りよ。でもときどき何かに逢える。それだけで幸せなの。独りだからこそその幸せが判るわ。そうは思わなくて?」
ブロンはうなずいた。所詮それが誰かを愛するという行為であってもそれを行うのは自分自身なのだから。
ブロンは気を取り直してあたりを見渡した。星達はそれぞれに黙って輝いていた。
不意にブロンは彼らを知りたく思った。それぞれに何をみているのだろうか。おなじこの星の野原でも違って見えるものかも知れない。
そうしてブロンは、月に降り立った。

そこは荒涼とした地だった。
ブロンは歩きはじめた。ここが人類が憧れた月であろうか。空を見上げると青いテールの星が美しい。
不思議な気がした。
ここは不毛の地。本当にそうだろうか。
ブロンは空に浮かぶ青い半月をみつめた。とおい昔からこのふたつの星は陰となり陽となってきた。この星でもなにかの芽がめばえているかもしれなかった。
ふと目の前を白いものがとおりすぎた。
兎・・・?
それとも魔女だろうか。月のクレーターが地球の位置によっていろいろにみえると聞いていた。けれどそれが何なのか解らず、ブロンはおいかけた。
ふいにブロンはクレーターのひとつにふわりと墜ちた。
ブロンは気を失った。
そこは月の内部らしかったが、ブロンのからだはまだしびれていてよく動かなかった。 なにかがブロンにちかづきくちづけた。あたりは暗くなにがなんだかよくわからぬままブロンは抱かれた。
それは何か懐かしい匂いがしていた。
急にごうと風の音がして、ブロンは嵐につつまれた。つよい光がブロンをおおった。宙にとびだし月の「昼」に投げ出されたようだった。
ソレイユ(太陽)・・・。あたたかである筈のその光はこの月では焼け焦げるように厳しい。「空気」という抵抗を失って、ここではすべてがさらされるようだった。
「シェン・・・・・」
ブロンは呟いた。
全身、焼かれる思いのなかで、ブロンは不意にシェンを思い出した。
「熱い・・・・・」
ブロンはちいさくうめいた。
何故、今シェンを思い出してしまったろうか・・・。
シェンが、あの祠で自分を抱いた時、隠していた熱い情熱。
あの無邪気な瞳に宿る不思議な情熱を思い出したらしかった。
ブロンは身も心も焼かれるようだった。
再びあの白いものがブロンの目の前にあらわれた。
もうすっかりぐったりとなったブロンの目には幻としかみえなかったが、その幻はシェンに似ていた。
シェンの幻はブロンにくちづけながらこうささやいた。
「ブロン・・・これがあなた達の憧れた月の姿だ。けれどここにも、私達なりのロマンはある。」
これはあの空に浮かぶ青い星のはてのすがたであろうか。それとも昔このふたつの星がひとつであったときもっていたもうひとつの顔であろうか。
ブロンは、その幻につと手を伸ばし、軽く触れた。
再び「夜」がきて、ブロンのからだをしずかに冷やしはじめた。
この星はあの青い星と共にしか存在できない星なのだ。この星の芽はけれど、この星自身にしかわかるまい。
やがてブロンはふたたび眠りにおちた。
「シェン・・・・・」
ブロンは呟いた。
気絶した筈だった。
けれど何故かしあわせな思いに捕らわれていた。
眠りのなかでこの星はどの星よりも輝いているようだった。

別の星にきていた。
そこが火星であると解ったのは夢のなかで教えられていたせいだった。
この星には昔生命があったかも知れないと聞いたことがあった。ほんのすこし軌道がそれただけでそれをとどめておけないということがあるとすれば、なんとおそろしいことだろうか。あたえられたいのちの貴さを思うと同時に、けれどまだ目にみえぬかたちでなにかがのこっているのでは、とブロンはあるいてみることにした。
この星の表面には幾つもの川の跡がみられる。極の部分はガスが凍って白くなっている。大気も水もあったというのにこの地には生命のはぐくまれたようすはない。もういまでは活動をとめてしまっている沢山の火山と赤茶けた大地。けれどこの大地の奥底では火星それ自身が熱く熱く息づいているのに違いなかった。
そらをみあげるといびつなかたちのちいさな月がふたつあがっていた。
「わたしたちはフォボスとデイモス。いつか星になってあのきらきらと輝いているソレイユのめぐみをうけようと待っている小惑星のなかまよ。むかしソレイユとわたしたちはひとつだったわ。おおきなガスのかたまりであったわたしたちが、やがてソレイユを中心にそれぞれのいのちをもちはじめたわ。そうして独立した幾つかの星ができたけれどまだ星になれないでいるなかまたちもおおぜいいるのよ。そうしてわたしたちはこうしてアレスのもとに身をよせているけれど、フォボスはアレスより速くまわるわ。ちいさいけれどまだまだ負けてはいないわ。」
天空からのちいさな勇者たちのささやきにうなずいてやりながらブロンはそのアレスに逢いたいと思った。
砂嵐がちかづいてきた。
すさまじい嵐は時として数週間にわたることもあるという。その烈しい砂けむりはみるみるブロンをつつんだ。アレスが現れた、そう思った。
わがテールの星とアレスの星は兄弟らしかった。
♂ ♂ ♂
すさまじいエネルギーをもつこの火星に何故ほんの微生物でも育たなかったのだろうか。アメーバのひとつでも存在すれば、そのベクトルといのちの神秘があいまってこの星なりのパラダイスが試行錯誤しながらも創られていったであろうに。
「ブロン。いつかおまえのそのいのちの種を大地に蒔いて蘇らせて呉れ。その日を私はいつまでも待っているぞ。」
「何故この俺に?」
砂嵐にあおられながらブロンは聞いた。アレスの持つエネルギーに身をゆだねたら自分でも何者かになれるかも知れない、そう思われた。
「私はおまえを知っている。私はおまえが死んだと聞いていた。おまえは・・・あのときのおまえよりはるかに若くうつくしい。おそらくおまえは生まれかわるたびあたらしいおまえ自身を生きてさらにうつくしくなっていくのだろう。おまえにはまだかつてのような力はないし、本当は自分が誰なのかも知らないだろうけれど、我々を突き動かす未知の力がおまえにはあるのだ。だから私は待っている。これまでそうしてきたように。ただ、おまえ一人では、それは完成できない。」
アレスの熱い砂嵐がさらにつよくなった。アレスの激しい愛に目も眩み、ブロンは倒れた。砂はどんどんブロンの上にふりつもり覆い尽くした。
「熱い・・・・・」
遠くなる意識のなかでアレスの言った言葉の意味を考えていたが、今はこの陶酔に身をゆだねたあとにしか答は解るまい、そう思った。

そこはもう太陽の間近にきていた。
昼は430゜Cを越え夜はマイナス170゜Cを越えるという水星。昼と夜がそれぞれ88日も続くという水星。太陽に恋しすぎたためなのだろうか。月によく似た地表。同じように水も空気もないこの星は、楕円だった。そうして公転の軌道もまた楕円だった。1回転するごとに昼と夜が繰り返しやってくる。いびつなかたち同志がリズムをつくり自転速度さえも支配する。水星の1年は水星時間の1と1/2日だという。そうしてこそ永遠の楕円交響曲が成立するのだ。水星は2回太陽のまわりを廻らなければ元の位置に戻れないいびつな星なのだ。
フフッと可愛い笑い声がした。
「私は水星。ソレイユに恋しすぎてあのかたの愛も怒りも一身にうけるあまりこんなひからびた姿になってしまったけれど、この楕円交響曲には自信があるのよ。この愛こそが私にとって総べてだし、永遠なの。何と言われても、私は私。とてもしあわせ。だけど世の中には自分の見たちいさな世界や価値観でしか人をはかれない人が沢山いるわね。ご存知?」
ブロンは肯いた。
そしてソレイユの間近で焼け焦げていられる彼女をうつくしいと思った。
自分にもそういう思いがあるだろうか。
ブロンはふっとまだまだつづく星空の彼方を見上げた。

素晴らしいしまもようの星にきていた。
太陽系最大の惑星。もうすこしおおきかったら自分で熱と光を出してかがやく太陽になったかも知れないガスの惑星ジュピター。
16個もの衛星をしたがえているけれど、ガニメデ、カリスト、イオ、エウロパなど4個の惑星は月よりもおおきく、なかでもガニメデは水星よりもおおきかった。
これはひとつのミニ太陽系といえるのかも知れなかった。
「あたしはソレイユの分身。むかしソレイユが輝きはじめたとき、ガス気体であった私達はこんなにとおくへふきとばされてしまったけれど、あたしの身体はソレイユとおんなじなのよ。そうしておんなじようにガス気体からうまれたクロノス、ウラノス、ポセイドンと一緒にきれいな円盤状の星雲をもっていたのよ。でもソレイユとおなじ身体の成分の存在比をもっているのはあたしだけなの。あたしはソレイユになれずこんなとおくまできてしまった。でも見て頂戴。あたしをとりまくかすかなリング。それにあたしのこどもたちはこんなにおもしろいのよ。イオなんて素敵なオーロラであたしを飾って呉れるわ。イオは火山をもっていてあたしはそれを熱くさせるの。そうして一気に吹きだした二酸化硫黄が宇宙空間にまで漂い出してドーナツ状のガスをつくり、そのガスがソレイユによって得たプラズマ状態をあたしの磁場に作用させることで、オーロラをつくるの。その他にも氷でできているエウロパとか、みんな思い思いのすがたをしているのよ。ソレイユだけがすべてじゃあないわ。あのソレイユだって銀河のなかで星雲の一部となって廻っているんだわ。」
ジュピターは堂々としてうつくしい。
それはつよい光ではないが、いまにも輝きだすのではないかと思うほどだった。

金星。愛と美の女神アフロディテの星であり、明星としてあがめられてきた。それは、濃い大気のため太陽光を効率よく反射するためである。けれどその大気ゆえにこのアフロディテは470゜Cもの高温である。
「わたしはほんとうはテールのふたごの姉さん星よ。むかしは海をもっていたわ。共に濃い大気から高温の雨を降り注いだのよ。けれどソレイユはわたしにはべつの運命をあたえた。愛とか美とか、口で言うほどやさしいものじゃない。わたしの美をささえているものはこの灼熱地獄。ソレイユが前よりつよくわたしを照らしたので海は蒸発してしまった。ふたたび濃い大気に戻り濃硫酸の雲が表面を覆うことになったけれど、そのためわたしは輝いてみえるのね。」
アフロディテはしずかに微笑んだ。
アフロディテの自転は驚くことに逆だった。
ブロンは彼女によってわたされた金の衣を身にまとうと、彼女の星に降り立った。
大規模にしわ寄せられた大地の跡のようにみえる山脈はあたかもこの星の大地がマントルの対流によって移動しつづけてきたかのようだった。
我々の星テールも奥深いマグマを燃やしつづけて大陸を移動させてきたのだろうか。この星は青き星のかつてあった姿かも知れず、ぎゃくまわりに自転しているということはお互いに顔を見合わせていることになる。そうしてソレイユの光が今よりさらにつよくなればこれは未来の姿かもしれぬのだ。
「わたしの1日は1年とほぼ一緒だわ。わたしには時のながれなど関係ない。わたしは未来であり過去なのよ。ソレイユがほろびたときわたしもほろびるのかもしれないけれど、いまがすべてだわ・・・」
ブロンはこの灼熱の世界をみつめた。
アフロディテの熱い息づかいがきこえる。金星は決して死の星ではない。いや、その「死」を極め尽くすことを彼女自身の生へとつなげているのかも知れなかった。

土星。
七色に輝くリングを幾重にもまとった宝石。
このクロノスの星もまた木星につぐミニ太陽系であり、うつくしいリングはさまざまの氷の粒子からなっていた。
大気をもつ土星最大の衛星タイタン。オレンジ色の大気におおわれたタイタンの表面はマイナス177゜Cとつめたく、メタンの海にメタンの氷の大陸が浮かび、メタンの雨が降る。この大気中にいのちの芽が存在する。メタンはソレイユのもつむらさきの光によっていのちの芽をこしらえることができるのだ。
「あのいたずらもの彗星コメットがまきちらすちりのなかにもいのちの芽は存在する。いのちの芽なんて案外あちこちにあるものだ。ただそだてるのは難しいこと。環境とその気さえあたえてやれば、案外ひとりでそだつけれど、わたしはいのちがこわい。それはうつくしくあらゆるものを生むけれど、他をほろぼし自分さえもほろぼすことがある。それが生きるための宿命だ。」
タイタンは寒すぎていのちの芽はそだたないとクロノスは微笑った。
「ブロン。そのことをよくおぼえておくがいい。わたしは決していのちを否定するものでない。けれどいのちはまちがえやすいものなのだ。この宇宙すべてがそれぞれの法則のもとにうごいているものなのに、いのちだけは果てしなく未完成だからだ。なにかを淘汰することでしか進化しえないいのちが、同時に愛とよばれる不可思議な感情をもっている。それも種の保存、といった定義を超えてだ。素晴らしいではないか。そしておそろしいではないか。」
ブロンは肯いた。淘汰されていくものを愛せるのも、限りある肉体でありながら宇宙のはてまで見通せるのも、イマジネーションのなせる技であろう。
そして宇宙のもの総べてが、原子とその結合体でできているという事実。
ではイマジネーションはどこからうまれてくるのだろう。
そんな全てをこのクロノスは視ているにちがいなかった。

ウラノスは横倒しになって廻る天体である?
そのむかし、うまれたばかりのウラノスに突然なにかが衝突したらしい。
さらにふしぎなことに、磁気軸が自転軸にたいして55度も傾いている。
ウラノスの磁気軸は反転しようとしているらしかった。
「我々ガス惑星のなかまたちのもつ衛星たちでさえ遠くに離れれば逆方向に廻ろうとしている。なにか巨大な力が存在すれば、必ず逆の力も存在する。そのふたつの力が調和し、共存してこそ釣合がとれていくものと私は信ずる。私の位置からは、公転の方角は、まだおまえたちと一緒だ。だが84年かけてソレイユのまわりを廻っているのでおまえたちから見たら、逆行してみえることのほうが多いだろう。私は予期しない突然の変化を起こす星、物事の発展を停止させて予定を狂わせ、目的とは逆の方向へと回り道させる反逆の星として知られている。それは改革と分離の方角を表すというけれど、私にとっては自然の摂理でしかない。むしろバランスそのものだと思っている。それをどう生かしどうとらえていくか、それは人間のもんだいだ。」
ウラノスもまたリングをもっていた。それは土星の環にくらべてはるかにほそく薄かった。それは、コーデリア、オフィーリアとよばれるふたつの衛星がリングの幅をせばめる力をあたえているせいであったが、また横倒しになったせいで暗いガス雲しか生成できなかったウラノスのリングをまとめているともいえた。
ひとつの事柄は同時にふたつの面をもつ。
ウラノスはしずかに微笑った。

ポセイドン。あおくかがやく大気につつまれた最後の巨大惑星。
もはや太陽から45憶キロメートルのところにまできていた?
この星もまた磁気軸を58度も傾けており軸の方角は地球と反対であった。そうしてさらに多極化しているためいろいろなところでオーロラをみることができた。
「あたしはいちばん高いところからソレイユを見おろして廻りつづけているのよ。冥王星ハデスはあたしたちと世界が違うもの。あのひとはさいはての魔女。最初あたしのまわりを廻っていたのだけどいつのまにか独立してソレイユのまわりを廻るようになったわ。でもあたしたちみたいに黄道面を廻らないのよ。だからこの世界ではあたしがいちばんてっぺんにいるというわけ。そんなゆめをみたっていいじゃない?みんなあたしをゆめばかりみているというけれど、おなじ現実でも見方をかえれば素敵なゆめのせかいだとあたしはおもうの。ひとつの球体上ではすべての点が世界の中心よ。」
ポセイドンの衛星トリトンは、母星からも近い大衛星であるにもかかわらず、逆行している。トリトンはハデスよりも冷たい天体である。にもかかわらず火山をもっている。大地とはなんとおもしろいものだろうか。
「トリトンはね、よそからやってきたのよ。ハデスは独立していったけれど、トリトンはそばにきてくれたわ。だからあたしは彼の方角に大気粒子をとばしてオーロラをつくってやるのよ。どんなときでもきっとゆめみることができる、と信じているわ。」
ポセイドンはほんとうはハデスがはなれてしまったことが淋しいのかも知れない、と思った。けれど彼女は知っているのだろうか。そのトリトンがすこしずつ彼女にちかづいておりそのため1憶年以内には彼女のもつ潮汐力によって破壊されてしまうということを。 しかしそれはだれにも止めることはできない。
けれどもしそれでよそからきたトリトンが彼女とひとつになれるのなら、それがふたりの愛なのだろうか。
ひとは悲しんでいるときはそれを美化することはできない。
けれどすこしづつそのこころの傷が癒えていくときにそのゆめが必要なのかも知れない、と思った。

59憶キロメートル?
もはやここからみえる太陽ソレイユは、おおきな恒星のようにみえる。共にうまれた衛星カロンをつれて、冥王星ハデスは250年もかけてソレイユを廻る。
氷で閉ざされた極寒の世界。
ブロンはこれまで出逢ってきた太陽系の兄弟たちのことを考えた。もっともソレイユにちかく焦がれていた水星マーキュリーからこのハデスまでさまざまな大地をみてきた。
このななめの軌道を廻る星はそのすべての星の歴史をみてきたかも知れなかった。
「ブロン。よくここまできたね。」
ハデスはしずかに微笑んだ。
「おまえはもうひとりのおまえと出逢い、ひとつになってはじめて真の力を得ることができる。その日をわたしたちはまっているよ。」
そうしてハデスはなにか呪文をとなえた。
ブロンは気が遠くなりハデスの大地に倒れ伏した。
はじまりはおわり、おわりははじまり・・・・
そんな意味のことをハデスが言っているように聞こえたが、やがて声がちいさくなり不意に強い光がブロンを覆ったのだった。

それがソレイユだった。
さまざまな惑星をとおしてブロンはソレイユをみてきたけれど、直に逢うのははじめてだった。
ソレイユは、テールの109倍もある巨大な水素ガスの玉である。
1500万゜Cもあるソレイユの中心部では4個の水素の原子がすごいスピードで走りまわり、はげしくぶつかりあってヘリウム原子にかわっていく巨大な原子炉である。
「わたしのいのちは100憶年。わたしはかつてこのおおいなる銀河をまわるガスだった。それがあつまって雲となり力がうまれ、さらにちぢんで星となった。わたしはこうし爆発することで生きている。やがてエネルギーを使い果たしてぶよぶよにふくれあがりおまえたちをのみこみ死んでいく。やがてはまたガス物質にもどりあたらしい星となるのだろう。かつてのわたしもそうだったのかもしれない。」
そういうとソレイユはすこし黙った。
たゆまなくふきだす巨大なプロミネンス。このひともまたひとつの恒星であるとおもうと不思議な気がした。あのちいちゃくみえる星たちがみなこんなだということが。それこそがエトワールの精が秘めているほんとうのすがた。真珠色のうつくしいコロナ。このうつくしいソレイユにひとびとがいかに想いはせてきたことか。
「わたしをうつくしいと思うか。それともおそろしいと思うか。わたしはおまえたちを滅ぼすことも生かすこともできる。わたしはいのちをはぐくむアクアプラネットをもつめぐまれた星だ。わたしはそのいのちに対して数々の試練をあたえてきた。おまえたちはそれを克服してきたね。海からうまれたおまえたちにはわたしの光は毒だったのに、酸素をはきだしそれを変えたのが陸にあがったさいしょのいきものだった。そのいきものにとっては酸素それ自体が毒であったにもかかわらずだ。そうしていのちはさらに酸素が毒でないいきものを産みだした。光合成とおまえたちがよぶはたらきは、わたしの力を利用したおまえたち自身のものだ。だからわたしにはむしろおまえたち自身がおそろしく、うつくしく思える。いまでも女体の中には太古の海があるではないか。わたしはそれを黙ってみつめているだけだ。」
ブロンはかつてテールの星のうえからさまざまなソレイユをみたことがあった。
いのちをゆるされたこの星の上さえもソレイユはときとして残酷に照らし、あるいは凍り付かせた。けれどもしそうでなかったら、われわれ生命体は進化しえたであろうか。 やはりソレイユはおそろしくうつくしい。
大宇宙のなかで転生しつづけ、その終末にはものすごい爆発をおこしすべてを呑み込むブラック・ホールさえもつくることがあるという星たちのなかま。
ソレイユはいのちのほうがおそろしい、と言った。真に偉大なものほど畏れを知っているのかもしれなかった。

「ブロン・・」
ふと、甘美な声が聞こえた。
女王だった。
「ようやくここまで来たのね。あなたにはあなたの御守りを返してあげる」
ふと、ソレイユの本体が揺らいだ。
「あ・・・・・・
ブロンは思わず声を漏らしていた。
ソレイユの内奥から光り輝くように飛び出してきたのは金色の竜・・シェンだった。
「ブロン・・・待っていたから」
シェンは揺らぎの中で答えた。
「あなたの夢の中でなら、僕はあなたを抱けるから」
そう、シェンは続けて囁いた。
まるでソレイユの分身のような炎を滾らせながら、シェンは大空の中で何度も激しく抱いた。
そしてそれは、新しい恒星が生まれたかのようにさえ見えるのだった。

永遠につづく・・・

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