風のよる

第5章

ルビーの火が、燃えていた。
その日、シェンが拾ってきた石は、てのひらの上で燃えていた。
「綺麗でしょう・・・」
シェンが呟いた。
ブロンはじいっとその石をみつめていた。
その目は、普段のしずかに透き通る目ではなかった。
ルビーの火の、奥の奥まで見ている、その目は激しく燃えていた。
ノワールは、このようなブロンを見るのが好きだった。
透明でうつくしいブロンが好きだ。
しかし、そういうブロンはどこか触れてはいけないような、どこか禁断の匂いがする。 自分が手をのばすと、そのままはかなく壊れ、消え入ってしまいそうな気さえする。
けれど、熱い熱い、下手に触れれば火傷してしまいそうな気さえするブロン。
そんなときのブロンの目にだったら、焼かれてしまってさえ構わない、と思う。
大地の内奥で見た、自分も持ちうる筈の、あの焔を、滾らせてくれそうな気さえする。
うつくしいブロンはどこか自分の理解を超えた存在のような、手が届かない気がしたが、鋭利な刃物のように突き刺すルビーの光を放つブロンに焼き尽くしてもらったら、自分は自分になれるかもしれない・・・。
そんなノワールの目にも、そのルビーの光が燃え始めていた。
シェンは、その燃える石を置くと、ふたたび大空に翔った。
残されたふたりはお互いの目をみつめた。
不意にノワールが、やや乱暴にブロンを抱き寄せた。
目茶目茶な情熱が、深く熱く自分の中につきあげ、我慢できずに唇を激しくおしあてた。
そうして、片手で上向かせ、ふたたび目をみつめる。
ブロンは、挑戦的な目でキッと見つめ返すばかりで何も答えない。
けれどその目の色はますますルビーの光を帯びていた。
ノワールはブロンの額に自分の額をよせた。
この、胸にともった火を、消したくなかった。
射るような目でお互いをみつめあった。
不意にノワールの脳裏にはいろんなことが蘇った。
シェンのとぐろの中で眠るブロン。
シェンが妬ましかった。
夢にまで見てしまった妖精の女王とブロンの睦事。
女王の不可思議な微笑がノワールの理性を失わせた。
ノワールがあまりにきつく抱きしめるので、ブロンは苦しそうにちょっと顔を歪ませた。
だが、ブロンは抵抗しなかった。
ノワールは、その存在を確かめるように、何度も何度も抱いた。
ブロンの中の火は、けれどノワールのそれとは違っていた。
ブロンは、何度も何度も自分をつらぬく激しい焔を黙って受け止めた。
そしてただ、見つめ返した。
その、ブロンの目の中の焔に焼かれ、ノワールの血は、何度も何度も燃え滾る。
それは、ブロンが意識を失うまで繰り返された。
やがて意識を失い深く眠るブロンのからだに、ノワールはしずかに覆い被さった。
シェンのようにはブロンを愛してやれない・・・ふいと思った。
悔しかった。
もしかしたら、自分はこうしてブロンを貫き、傷つけることしかできないのかも知れない、とさえ思った。
涙がでた。
けれど、ブロンの目は熱かった。
ブロンが、こうして貫かれ、傷つけられることがイヤでないのなら、彼自身も求めたことなら、自分は、自分なりの存在価値があるかも知れない。
それにほんとうはきっと、自分がブロンに焼き尽くされたしブロンもブロン自身に焼き尽くされたのかも知れない。
気をうしなったまま眠りつづけるブロンは花よりもなおうつくしかった。
この、ブロンを自分は自分の腕に抱きたかったのかも知れなかった。
ふしぎなやすらかさだった。
目を閉じて動かないブロンにそっとくちづけた。
唇がかすかにうごいた気がしたが、そのままブロンは目覚めなかった。
ノワールはていねいにていねいに、今度はブロンの全身にしずかにくちづけた。
燃える石の焔は、しずかな青い焔とかわっている。
コランダム。
おなじその石の、サファイヤの光へとかわっていた。
ブロンを抱きしめながら、ノワールも眠りについた。
そうして、シェンは、大空のかなたからすべてを、見ていた。

永遠につづく・・・

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第6章

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