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風のよる

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第1章

ほの暗い繁みにきていた。
こんもりとした茨が相まってひとつの世界をつくりだしていた。
茨。
野薔薇など刺のある低木の総称だが、花は極ちいさく茎も木質化してよろいのように堅かった。触れると刺に突き刺さり、永遠の眠りにおちてしまいそうである。
こんもりとしたその闇が、そこに在った。
ふたりの存在そのものさえも否定しかねない闇。
きつくてどろどろした深淵。
つめたい闇。 こんなところにもあのかぐわしい薔薇が咲けるものだろうか。
「それは俺達自身にかかっている。」
ブロンが呟いた。
この闇が自分達となんの関係があるのか。
人であればたぶんうまく避けて通るであろう闇であった。けれど前にすすむにはこの中に入り込むしかなかった。だがここにも薔薇は咲き得る。
その考えは魔性のようにふたりを捉えた。
茨のあいだに道があった。
ふたりはその間に身をこごめて入り込んだ。
たちまちふたりはちょどよいおおきさになり、いろんなものが見えてきたのだった。
そこはこびとの森だった。
土臭い茨の根元を耕し、根をはりやすいようにするのが彼らの仕事だった。彼らはふたりを見てちょっと妙な顔をしたが、礼儀からか、休む場所と水をあたえて呉れた。
場違いのところに来てしまったのかもしれなかった。
けれどこの森を通り抜けなければ次の森にいけそうにもなかった。
ふたりはひどい不安にかられた。
いままではどこへいっても優しく受け容れて貰うことに慣れすぎていたのかも知れない、と自分で自分に言い聞かせていた。
・ ・・翌日ブロンは塔のなかに押し込められ、ノワールもまたどこかへ連れていかれた。腕力もあるノワールは茨の根元を耕す作業に必要らしかった。
「綺麗な男など何の価値も無い。」
それが彼らの言い分だった。

塔のなかにいると、朝だか夜だかわからない。
ブロンは手も足も縛られた。
なんのあかりもなく、時折わずかばかりの水を運んで呉れるこびとのあしおとでものの気配をかんじるだけとなった。
ノワールはどうしているだろう。こきつかわれ痛い思いをしているのではないだろうか。どうすればこの状態から抜け出して次の森へと進めるだろう。
こんな森・・・関わらずにすむものなら関わらなければよかった。
いまさらのように思った。
自分にとってComfortableな世界だけ撰んでいれば苦しまずに、済む。
けれどいつか通る道ならば受けて立つのもいい。
視ることの絶望。かんじることの哀しみは避けてとおれない。
茨に咲く薔薇が何故うつくしいのか。
茨のもつ悪意を切り抜けたからではないのか。
自分自身が小さくまとまってしまわないためには、見たくもないものもときにはみなくてはいけないのかも知れない。
どんなときにも毅然としていたい。
・・・そんなことを考えていると、こびとがまたはいってきたようだった。
こんどは・・・大勢できたようだった。
彼らと話したい・・・ブロンは思った。
けれど・・・
ブロンは声を失った。 灯りを手にしたこびとの顔がはっきり見えたが、その眼・・・凍り付きそうな眼をみたとたん身体が震えた。
彼らは茨の鞭でブロンを打った。
ブロンはきゅっと唇をむすんだ。すると服を裂かれ胸を打たれた。
ブロンは手も足も縛られたままだった。夢なら醒めてほしかった。けれどこれは現実だ。
この悪意に、どう立ち向かえるというのか。
ブロンはすっかり裸にされていた。 灯りを近づけられすっかりあらわにされていた。そうして再び鞭で打たれた。
暗闇のなかからあちこちで笑い声がおこり、ブロンは恥ずかしさのあまり気絶した。けれど再び鞭打たれ、否応無しに意識を戻した。
ブロンのほの白い身体の上を、黒山のような嵐が吹き荒れた。
執拗に吸われて紅くなった唇。
胸のちいさな蕾の上を這ういくつもの黒い影。
苦しそうに喘ぐ顔が灯りで照らし出された。
秘したる部分も容赦なく照らし出し、這いずり回る黒い塊。
何時間も続いたように思った。いえ、時間そのものがとまったのかも知れなかった。
それを、感じることの屈辱。
そうしてそれが過ぎ去ったときようやくブロンは気絶することをゆるされたのだった。

眼が醒めると再びがらんとした塔のなかだった。
身体がまだ痛い。
裸のまま放り出されていたようだった。まだ身体がうまく動かせなかった。
けれどもう縛られてはいなかった。
こびとがひとり、きた。
彼がブロンに水を運んで呉れていたらしかった。ブロンはようやく身をおこすと、黙って水を飲んだ。
「何故こんなことをするんだ。」
ブロンは呟くように言った。
「それはお前がお前、だからだ。」
こびとが答えた。
そんなこと言われてもどうしようもなかった。
「お前がお前で、俺達がこびとだからだ。お前にとっては迷惑な話だろうがね。あれが俺達の唯一にひとしい愉しみなのだ。そんなこと、理解したくもないだろう?だがこれが茨に棲む俺達のやり方さ。」
かえす言葉がみつからなかった。だがようやく、
「ノワールは?」
と尋ねると、
「あいつは今頃"誉め言葉"という美酒に酔いしれていることだろうよ。そうしてしまいには酔いつぶれるのだ。お前にはそれが効きそうになかった。だから思いっきり辱めてやったのだ。」
とこびとが無表情に答えた。
「ここへ来たのはお前たちのせいでない。だが出口はお前たち自身でさがすしかない。だがここにいる限りは俺達と同じであって貰わなくては困る。いいか、俺達は鞭打ち、打たれ、壊されることが好きなのだ。そうでなくてはここにはいられない。お前は嫌いか。自分を壊されるのは嫌か。くだらない日常の反復に陥ってしまうことへの不安はないのか。本当に、そうなのか。」
嫌いではない・・・
途方もない考えが浮かび、ブロンは慌てた。何故?
壊されることの度合いにもよる。 だが、そんなことくらいで潰される自分であってなるものか。こんなところのこんなことでつまずいてたまるものか。
叩かれ、踏まれても毅然として輝こうとする瞬間の自分が好きだ。今まで見えなかったものまで見えてくる。それを糧に自分を磨いてやろう。そのほうがより強く輝ける気がするから・・・。
「俺はいつだって自分自身だ。ノワールもそうであろうと信じている。」
ブロンはこびとの眼をじいっとみつめながらはっきりと、言った。
こびとはだまってブロンの眼を見返したが、ふっと微笑んだ。
そのとき、烈しい物音がして、ノワールが現われた。
ノワールは息を切らしながらも、はっきりと言った。
「俺は、百の誉め言葉よりも、たったひとつの真実、ブロンが大事だ。惑わされ、躍らされて、もう、お前を見失いたくない。お前を、無くしたくないんだ。」
ブロンはノワールをみつめながら微笑んだ。
そして手をさしのべるノワールの腕にふらっと倒れ込みそのまま気を失った。
遠のく意識のなかで、あたりが次第にほの白いあかるさを見せはじめたのを感じていた。
薔薇のかおり・・・
ちいさくとも誇り高い野薔薇のつよくてたくましい香りだった。
ブロンが意識を取り戻したとき、ふたりは薔薇の苑に居た。
真っ赤な薔薇のはなびらが、傷ついてノワールの腕の中で眠っていたブロンの裸体のうえを舞しきった。頬も唇も、刺で傷ついた肌も、優しくねぶった。
ノワールが、薔薇のはなびらを口に含み、ブロンの唇に自分の唇を近づけた。
ふたりは狂おしいほど酔いしれ、何度も何度も同じ行為を繰り返した。
ふたりはいっぱいある真っ赤な薔薇のはなびらを、食べた。
狂おしいほど美味しかった。
やがてふたりの中からかぐわしい薔薇が咲きだした。
それが傷ついたブロンの身体をすべて覆って呉れた。
りんとした、ブロンの肌とおなじ白薔薇だった。

永遠につづく・・・


第2章
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